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レンズを通して見たFC町田ゼルビアのこと


by abikozelvia

戸塚哲也のサッカー哲学

「あ、あぶない、、、あー」
私の隣にいたAC町田、土方副理事長の口から小さな叫びが聞こえてきた。
勝又慶典が、前十字靱帯を痛めた瞬間であった。

FC町田ゼルビア、ホーム開幕、ニューウェーブ北九州との試合を前に、ウォーミングアップ中の出来事である。34試合、半年以上にわたる長丁場のJFL、11人で乗り切れるだろうとは誰も考えていなかったはずだが、まさかエースが、ホーム開幕前に半年もの重傷を負ってしまうとは、予想だにしていなかった出来事であった。

戸塚哲也はいう。「サッカーの神様は、いると思います」。あるいは運命だろうか。この悲劇は、戸塚哲也のサッカー哲学を、皮肉で意地悪なサッカーの神様が、試すために起こしたのかもしれないとすら思えてしまう。


開幕を前に、新入団選手発表会での戸塚哲也は饒舌だった。地域リーグ決勝大会という一発勝負を乗り切り、JFLという長丁場の戦いを迎える2009年。実力だけでは勝てない地域リーグ決勝大会から、総合力で戦うJFLリーグ戦へ。FC町田ゼルビアというチームに絶対の自信を持っていればこそ、思わず口もなめらかになったのだろう。
「もしつまらないサッカーをしたら、どうぞ文句を言ってください。内容にこだわった、おもしろいサッカーをお見せします」。それは自信だけではなく、戸塚哲也のサッカー哲学であり、この舞台とこのチームならそれを具現化できるという、喜びの言葉だったのかもしれない。

「おもしろいサッカー」
それは、将来にわたり、FC町田ゼルビアが経営的に成功できるかどうかの、キーワードのように思える。内容が無く、勝つことだけを求めるサッカーをすれば、大金を積んで強力な外国人FWを雇うしかなくなるだろう。即チーム経営を圧迫することにる。

外人に頼る。チーム経営が厳しくなる、日本人選手が育たなくなる、日本代表が弱くなる、サッカー人気が低迷する、チーム経営が厳しくなる。

すでにサッカー人気が、低迷できないほど定着しているヨーロッパや南米と違い、日本ではまだまだ、このような負の循環が起きる可能性は十分ある。逆に、内容にこだわったおもしろいサッカーをするならば、

日本人選手が育つ、日本代表が強くなる、サッカー人気が盛り上がる、チームの経営も楽になる。

このようなプラスの循環も起こりうる。これも、ヨーロッパや南米など、サッカー人気が上下しないほど定着している地域では、成り立たない循環だろう。

「すべてのJリーグチームが」といっても良いだろう。「金をかけずに勝とう」として、ほとんど失敗しているように思う。「金をかけずに勝つ」サッカーが難しいならば、「負けても喜んでもらえるサッカー」を目指してみたらどうだろう。それはすなわち、内容のあるサッカーということになる。日本中のすべての都市でそれが可能なわけではない。少年サッカーの町、町田だからこそ、子供たちや保護者たちは、内容を評価できるのである。

戸塚哲也のサッカーは、まさしく町田に似合う、町田だからこそフィットするサッカー哲学といえる。少年サッカーの下地が無い土地であれば、負けても内容のあるサッカーだったでは済まされないだろう。結果だけを追い求めていく、金のかかるサッカーしか認められない土地も存在している。というより、そういう町が大部分だろう。

戸塚哲也のいう内容のあるサッカーとは何か。しゃべるサッカーだと思う。
普通のスポーツでは、「おしゃべりするな」という。ところがサッカーでは、「もっとしゃべれ」という。なんと変なスポーツだと思っていたのだが、戸塚哲也がFC町田ゼルビアの監督に就任してからは、この奇怪な現象が加速した。選手たちのしゃべること、しゃべること。ハーフタイムに、試合後に、しゃべりまくっている。もちろんサッカーのこと、試合中のことについてである。

あのときのマークは誰だったのか、あのパスはどうだったのか、細かいニュアンスは私にはわからないが、そんな話をしているようだ。言葉による事前理解が深まっていればこそ、アイコンタクトも成り立つのだろう。共通認識のない間でいきなりアイコンタクトといっても限界がある。とすれば、パスを受けたら持って走り、DFが詰めてくればまたパスを出す、そんなシンプルなプレーの繰り返ししかできないように思えるわけだ。それは、みていておもしろい、楽しいサッカーではない。

何年か前、日本代表の川口能活がイングランドに渡った。なかなか試合に出られず、出ても結果が残せない状態が続く中、「言葉の壁があってうまくフィットできない」といったニュースが流れてきた。「なんだ、サッカー英語も理解できないのか、川口はよっぽど頭か悪いんだな」などと思っていたのだが、今になってようやくわかる。サッカーはおしゃべりが大切なのだ、GKは特にしゃべらなくてはならいないし、試合中のとっさのニュアンスも大切だろうから、微妙な言葉の壁が大きく影響してしまうのだろう。川口能活、頭が悪いわけではないのだと、今になって当時のニュースの意味がようやくわかるのである。失礼しました、川口能活さん。


ソニー仙台に敗れた後、戸塚哲也に質問してみた。
「おもしろいサッカーから堅いサッカーへの転換はありますか」
「そんなもの、ありませんよ」

勝ってほしい気持ちは当然ある。当事者であれば、勝ちたい気持ちは私の数百倍にもなるだろう。その中でどこまで信念を貫けるのか。勝又慶典のいないチームで、勝又慶典がいるのと同じ戦い方はできない。その変更にやや時間がかかっているのは致し方のないところである。変更がうまくゆくかどうかは、選手たちがどこまでしゃべれるのかにかかっているだろう。負けがこんでくると寡黙になってしまうものだ。先制点をとられた後は、さらに焦って、勝ちにこだわってしまうものだろう。そのとき、戸塚哲也がサッカー哲学を貫けるのか、選手たちは饒舌になれるのか、いつFC町田ゼルビアが立ち直れるのかは、「おしゃべり」にかかっていると言って間違いないと思っている。
by abikozelvia | 2009-04-07 19:21